輪島の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

石川県輪島市歴史探訪
輪島市の概要
輪島市は、石川県の北部、能登半島の北岸部に位置し、東は珠洲市・(旧柳田村の)能登町、南は穴水町・(旧能都町の)能登町、北は日本海に接し、沖合いには七ッ島、舳倉島があります。能登は富山湾や七尾湾に面した地域を内浦というのに対して、それ以外の地域を外浦といいますが、輪島市には内浦地区がなく、海岸地帯は全て外浦地区になります。市域の大部分は山地で、中央部を北流する河原田川・鳳至川が合流して輪島川となり、海に注いでおり、この川の河口域に開けた輪島平野に輪島の市街地があります。伝統産業「輪島塗」や朝市、輪島温泉などに象徴される観光都市で、平成18年(2006年)に鳳至郡門前町と合併し、新・輪島市となっています。

輪島のあゆみ
現在の輪島市の区域は、王朝時代には「小屋郷」と呼ばれ、鎌倉時代には「大屋庄」と称された地域にあたります。 また戦国時代には織田信長の幕将・前田利家の所領となりました。

明治4年(1871年)、廃藩置県のあと七尾県に編入されましたが、翌年、七尾県が廃止され、石川県に属しました。その間一時、輪島町に市長がおかれたこともありましたが、市長は間もなく廃止されました。

明治22年(1889年)の町制施行により輪島町をはじめとする1町10ヶ村に町村役場が設けられ、明治41年(1908年)には大屋村と鳳至谷村が合併して大屋村となり、町野・西町・岩倉の3村が合併し、町野村ができました。

このようにして、輪島近郷は行政区域が幾度となく分合されていきましたが、昭和29年(1954年)の町村合併促進法に基づいて、隣接する輪島町・大屋村・河原田村・鵠巣村・西保村・三井村・南志見村の1町6ヶ村が合併して輪島市が誕生しました。その後、町野町を編入合併し、現在は豊かな田園都市として飛躍発展しています。

輪島の名前の由来
「輪島」という文字が歴史に登場するのは、室町時代の中頃のことですが、それ以前の古墳時代に、大陸の人々が能登を「倭島(わのしま)」と呼んだ言葉がその語源とされています。

輪島の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
輪島市民俗資料館
住所: 〒928-0204
石川県輪島市町野町南時国12-107 [地図を見る]
電話番号: 0768-32-0339
開館時間: 8:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月曜日、12月29日〜1月3日
入館料: 一般(大人150円/高校生以下小学生100円)
20名以上の団体(大人80円/高校生以下小学生80円)
幼児無料







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